涙のカレーライス
食卓にカレーライスが出ると、A氏は叔父のことを思い出します。
叔父の影響でA氏は高校まで十年以上、野球に打ち込んでいました。高校二年のある時、叔父の知人で社会人野球で活躍中のB氏と会った際、野球の魅力を聞かされ、最後には、B氏が使用していたグローブをプレゼントされました。
高校生のA氏にとって、それは忘れられない思い出となりました。叔父からは「お礼を伝えるように」と言われましたが、A氏は練習に熱中するあまり、叔父との約束を忘れてしまいました。
一ヶ月が過ぎた頃、叔父から「何か忘れていないか」と呼び出され、A氏は礼を欠いた点を厳しく注意を受けました。
悔しさと申し訳なさで涙が溢れたA氏に、叔父は「その涙、大人になっても忘れるなよ」と言い、涙と共に食べたカレーライスは思い出の味となったのです。
五十代になったA氏はカレーライスを前にする度に、〈職場や家庭で、信じる気持ちで誰にでも寄り添っていきたい〉と、感謝の念が沸いてくるといいます。
今日の心がけ◆感謝の気持ちを大切にしましょう
出典:職場の教養5月号
感想
この話に込められた記憶と感謝の情は、時間の経過と共に深まり、人生の中で繰り返し立ち返る「心の灯」のように感じました。
A氏にとってカレーライスは、単なる食事ではなく、過去の自分と対話し、今の自分の在り方を省みる「儀式」のようなものになっているのでしょう。
特に、叔父の「その涙、大人になっても忘れるなよ」という一言には、言葉を超えた教育の力を感じます。
叱ることは容易ですが、涙の理由に寄り添い、それを将来の指針にまで昇華させたこの叔父の姿勢には、真の愛情と人間理解がにじんでいます。
また、社会人野球のB氏からのグローブの贈り物というエピソードも、物の価値ではなく、心を込めて何かを渡すという行為の重みを教えてくれます。
これを「礼を忘れるな」という教訓に結びつけたことで、A氏は単に感謝の言葉を言うという以上に、人とのつながりに対する姿勢を学んだのだと感じました。
「今日の心がけ」にある「感謝の気持ちを大切にしましょう」は、この話のすべてを包み込む核心にあり、日常の中で見過ごしがちな感情の大切さを改めて気づかせてくれます。
否定的な感想
この物語に感じたのは、やや理想化された過去の記憶の語りに対する一抹の疑問です。
A氏が50代になってもなお、あの時の涙と味を明確に結びつけて語るという描写には、感情の純粋性が強調されすぎている印象も受けました。
人間の記憶は時間と共に美化される傾向があり、その「涙のカレーライス」が象徴となる過程には、少なからずドラマ性を意識した演出も感じられました。
また、叔父が「礼を伝えるように」と言ったのに対し、それを一ヶ月も忘れるというのは、A氏の熱中を差し引いても、少し不自然なように思えます。
本当に感動したのであれば、その日のうちに何らかの行動があるのではないかと感じてしまうのです。
そして、その過失に対する叱責の場面も、どこか「道徳の教科書的」に整えられているような印象を受けます。
こうした語りのなかで、「感謝」というテーマがやや説教臭く伝わってしまう懸念もありました。