亡き父への挨拶
A氏は、十年前に亡くなった父の遺影に朝と晩、欠かさず挨拶をする習慣を続けています。ある日、遺影の前で父と語り合うように思いを巡らせていました。
仕事では、上司や部下など、さまざまな立場の人々と向き合う中で、トラブルや思うようにいかない出来事が重なることがあります。
そんな時、A氏は自分自身を省みるよりも、周囲の人や状況に対して不満や愚痴をこぼしてしまう傾向があることに気づかされました。
その気づきを同僚に話すと、「人と比べると愚痴が出てしまうけれど、昨日の自分と比べると、そんな気持ちは出てこないものだよ」と言われました。
その言葉に合点したA氏は、父への朝の挨拶の際に「今日一日、人への愚痴はこぼしません」と心に誓い、出社するようになったのです。
すると、晴れやかな気持ちで一日のスタートを切れるようになり、帰宅後も一日を無事に終えられた感謝を父に報告する時間が持てるようになりました。
冷静に物事を見つめる姿勢を大切にしながら、一日を過ごしたいものです。
今日の心がけ◆謙虚な気持ちを持ちましょう
出典：職場の教養11月号
感想
この話からは、日常に埋もれがちな「自己対話」と「内省」の力が、いかに心の在り方を変えるかが静かに伝わってきます。
A氏が亡き父との対話を通じて、日々の自分を見つめ直す時間を持っていること、それが一過性の感情ではなく十年にわたり続けてきた習慣であることに、深い敬意を覚えます。
誰かに話すことなくとも、自分自身と向き合うことで、人は気づき、変わっていけるのだと実感させられます。
また、同僚の言葉――「昨日の自分と比べると、愚痴は出てこない」――は、実に含蓄のある一言です。
他人との比較は尽きることがなく、常に自分を不足に感じさせるものですが、過去の自分との比較は自己成長の視点をもたらします。
それを受けてA氏が、「愚痴をこぼさない」と朝に誓いを立てた姿勢には、強さと柔らかさが同居しており、心を打たれました。
「今日の心がけ」で示されている「謙虚な気持ちを持ちましょう」にも通じる、日々を丁寧に生きようとする姿勢。
亡き父との語らいが心の支えとなり、静かに自分を律していくA氏の在り方に、私たちもまた励まされるのです。
否定的な感想
A氏の変化はとても美しい話ではありますが、それが誰にでも可能かというと、やや理想化されている印象も否めません。
毎朝遺影に向かって挨拶し、「愚痴をこぼさない」と誓う姿勢は素晴らしいものの、それがかえって自分を厳しく律しすぎてしまう危うさも孕んでいるように感じました。
感情を抑えることが「冷静さ」や「謙虚さ」に繋がるのは確かですが、その裏で本音や弱さを吐き出せず、無理をしてしまうこともあるのではないでしょうか。
また、「愚痴をこぼさない」ことが、まるで成長の証のように語られている点には、少しだけ引っかかりを覚えます。
愚痴や不満は人間の自然な感情の一部であり、それを適切に受け止める場を持つことこそ、健全なメンタルのために大切だとも言えます。
もしA氏が、父の遺影に向かって「今日はつらかった」と語れる余白も残していたとしたら、その変化にはもっと深みがあったように思えました。
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