一芸に秀でる
日本のプロ野球を経てメジャーリーグで活躍したイチロー氏が、今年一月、アジア人として初めてアメリカ野球殿堂入りを果たしました。
七月にクーパーズタウンで行なわれた表彰式では、約十九分間にわたり英語でスピーチを行ない、野球への深い感謝と人生哲学を語りました。
「人はよく私を記録で評価します。三千本安打、十回のゴールドグラブ、十シーズン連続二百本安打。(中略)でも本当のところ、野球がなかったら、私はどうしようもないやつだと言われていたかもしれません。野球は、何が大切かという価値判断を教えてくれ、人生観や世界の見方を形づける助けとなりました」
スピーチからも分かるように、イチロー氏にとって野球は単なる競技ではなく、人生そのものを形づくる道しるべでした。一つの仕事に真剣に向き合うことで得られる経験や教訓は、仕事の枠を超えて人生全般に通じるものがあります。
「一芸に秀でれば万事に通ず」と言われるように、目前の仕事に全力を尽くし、その道のプロフェッショナルを目指すことが、豊かな人生の第一歩となるのです。
今日の心がけ◆一つの仕事を極めましょう
出典:職場の教養11月号
感想
イチロー氏の殿堂入りとそのスピーチには、ただの栄光では語り尽くせない、静かで力強い人生哲学が込められていて胸を打たれました。
スポーツ選手としての偉業はもちろんですが、彼が語った「野球がなかったら、どうしようもないやつだったかもしれない」という言葉に、人間的な弱さと真摯さが滲んでいて、強く共感を覚えます。
これは、ある意味で誰にとっても共通する本質ではないでしょうか。
自分を支えるもの、自分が時間を捧げてきたものがあるからこそ、自分という存在が社会の中で輪郭を持てる。
その道が野球であった彼の言葉は、一芸に打ち込むことの意味を深く教えてくれます。
また「記録」よりも「自分がどう在ったか」を重視する姿勢に、現代社会への静かなアンチテーゼも感じました。
成果主義が強まる中、過程を見つめ、そこに人間としての学びを見出す姿勢は、今まさに必要とされている視点ではないでしょうか。
「一芸に秀でれば万事に通ず」という言葉がこれほど説得力を持って響いたのは、イチロー氏がその「一芸」を極める過程で、ただ技術だけでなく、人間性までも磨き上げたからだと思います。
「今日の心がけ」にある「一つの仕事を極めましょう」という言葉も、単なる努力の推奨ではなく、生き方そのものの選択として捉えたくなります。
派手さや多才さよりも、何か一つに真摯であることの重みを再認識しました。
否定的な感想
「一芸に秀でることが人生の第一歩である」という考え方には、やや危うさも含んでいるように感じました。
すべての人が一つの道に打ち込める環境にあるわけではなく、多くの人は家庭や経済状況、健康、様々な制約の中で生きています。
「極めること」が正義のように語られると、それができない人々がまるで「努力が足りない」と言われているように感じるのではないかという懸念もあります。
また、イチロー氏のような存在は稀有であり、同じように「極めよう」としても報われない人が多いのが現実です。
全力を尽くしてもプロになれない、認められない、そのような努力が世の中にどれほどあるかを考えると、「一芸に秀でれば万事に通ず」という言葉には、ある種の神話性を感じざるを得ません。
それが誤解されると、「極めなければ意味がない」という強迫観念を生むことにもつながりかねないのです。
さらに言えば、「仕事を極める」という表現が、働きすぎや自己犠牲を美化する方向に傾いてしまう恐れもあります。
日本社会においては、すでに仕事中心の価値観が根強く、そこに過度な“極め”を求める価値が加わると、心身のバランスを崩すリスクもあります。
極めることよりも、その過程において自分がどうあるかを大切にする姿勢の方が、より持続可能な道なのではないかとも思いました。
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