メモランダム
ふと気づいたことや、見聞きしたことをメモに残し、忘れないようにしたり、後で思い出す際の手がかりとしたりすることがあります。
メモは元々、合意書や覚書など「忘れてはならない事柄」を示す「メモランダム」(覚書文書)を略した言葉であり、これが日本では備忘録という意味として広く定着しました。
メモは日常生活でも仕事でも欠かせない存在になりました。専用のメモ帳を持ち歩く人、手帳に書き込む人、スマートフォンのメモ機能や録音機能で記録する人、付箋に書いて貼る人、さらには手の甲にペンで書く人まで、メモの取り方は実にさまざまです。
いずれの場合も、正式な記録とする前に「ひとまず記録しておく」という意味合いが強いものです。しかし、必要な時にメモの在り処を忘れてしまったり、メモしたこと自体を忘れてしまったりという経験をした人もいるでしょう。
メモを残したことで安心せず、書かれている内容を実行したり、考えを整理したり、正式な記録として書き直したりするなど、最大限に活かしたいものです。
今日の心がけ◆メモを正しく活用しましょう
出典:職場の教養4月号
感想
メモを取るという行為は、単に情報を保存する以上の、もっと人間的な「心の余白」を作る作業のように感じました。
私たちは毎日、驚くほどの速さで流れる情報や感情の渦の中にいますが、それを一瞬立ち止まって書き留めることは、目まぐるしい日常の中で自分の足跡を刻印するようなものかもしれません。
「忘れないように」と手を動かす瞬間、そこには自分の関心や驚きが確かに存在していて、メモはその時の熱量を封じ込めるカプセルのようにも思えます。
スマートフォンの画面でも、使い込まれた手帳でも、あるいは手の甲に書かれた殴り書きであっても、そこには「これは大切だ」と直感した自分自身の意思が宿っているはずです。
ただ、個人的に面白いなと思ったのは、メモの真価は書いた瞬間ではなく、後で見返した時に「なぜ自分はこれを残そうと思ったのか」という当時の自分と対話できる点にあるのかもしれません。
バラバラの点として残された言葉たちが、後になって線でつながり、新しいアイデアや自分への深い理解に変わっていく。
そんな風に、未来の自分へのプレゼントとしてメモを捉え直すと、日々のちょっとした記録ももっと温かみのある、創造的な習慣に変わっていくのではないかと感じました。
否定的な感想
現代において「メモを取ること」そのものが目的化してしまい、肝心の中身やその後の行動が置き去りにされている側面もあるのではないかと、少し不安に感じることもあります。
書くことで満足してしまい、脳が「もう覚える必要はない」と判断して思考を停止させてしまう、いわゆる「記録の罠」に陥っている人は意外と多いのではないでしょうか。
特にデジタルツールが普及した今、私たちは情報のコピー&ペーストやスクリーンショットを「メモ」と呼びがちですが、それは果たして血の通った自分の記憶と言えるのか、疑問が残ります。
ただ機械的に記録を積み上げても、それが活用されず、整理もされないままデジタルゴミとして溜まっていく状況は、かえって私たちの集中力を奪い、心を疲れさせてしまうような気がします。
また、メモを正しく活用しようとあまりに意識しすぎると、今度は「漏れなく記録しなければ」という強迫観念に捉われて、目の前で起きている出来事を肌で感じる余裕を失ってしまうかもしれません。
記録することの効率性や正確さを追い求めるあまり、その場にある空気感や、言葉にならない直感を大切にするという、人間本来の豊かさが損なわれてしまうのは、少し寂しいことだとも感じてしまいます。
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