筆跡
近年のデジタル化の進展で、文書作成の効率や情報伝達のスピードが格段に向上し、便利になりました。しかしその一方で、手書き文字を書く機会が減りました。
手書きの文字はデジタル文字と異なり、一人ひとり違います。その文字には書き手の人柄もにじみ出ていて、感情的な情報が反映されています。
文字の個性を分析して、その人の性格や行動パターンを読み取ることを「筆跡診断」といい、一六六二年にイタリアの医師カミロ・バルディが「筆跡には個差が存在する」と題した筆跡に関する論文を発表しました。
文字は意識的に書いているようでも線の太さや長さ、形など無意識に手がいつもの書き方を繰り返していて、書き手の心遣いや行動習慣が表われます。
筆跡研究者の森岡恒舟氏は著書の中で、「意識的に良い筆跡に変える稽古を続けることにより、心の状態が変わる」と述べています。
お手本をもとに文字を習う「書道」のように、私たちも無意識に行なっている心の癖に気づき、周囲の人の良い習慣を見習い自己向上に努めたいものです。
今日の心がけ◆自己向上に努めましょう
出典：職場の教養10月号
感想
この話には、手書き文字が持つ深い人間性と、その可能性に光を当てる静かな感動がありました。
デジタル化が進む現代において、「筆跡」に注目すること自体がすでに貴重な視点であり、私たちが何を失いつつあるのかを再認識させられます。
誰一人として同じ筆跡を持たないという事実は、書くという行為が単なる情報伝達ではなく、自己表現や心の動きそのものを映し出す手段であることを思い出させてくれました。
文字に込められた感情や思慮は、デジタルでは決して完全に代替できない「人の温度」なのだと感じます。
また、森岡恒舟氏の「筆跡を変えることで心の状態も変わる」という考え方には、大きな希望を感じました。
私たちは日々、自分自身の無意識の行動パターンに気づかずに過ごしてしまいがちです。
しかし、意識的に何かを変える、たとえば「文字の書き方」を変えることで、内面の変化も促せるという発想は、自己改善の具体的かつ実践的なアプローチだと思います。
筆跡が「癖」であり、「習慣」であるのなら、それを通して心まで変わっていけるという可能性は、自分自身と向き合う力を与えてくれるものです。
「今日の心がけ」も、表面的な励ましではなく、内面への目配りを促す言葉として、深い余韻を残しました。
否定的な感想
この話にはやや理想化されすぎた筆跡への評価も見受けられました。
筆跡が人格や心の状態を映すというのは魅力的な視点ですが、それをあまりにも強調しすぎると、書くことが苦手な人や、体調・障害によって筆跡が乱れる人に対して不必要なプレッシャーを与えてしまう可能性もあります。
すべての筆跡がその人の「心の質」を示していると断じてしまうと、多様性や身体的条件に対する配慮が欠ける印象を与える危険があると感じました。
また、「筆跡を良くすれば心が整う」という主張は、確かに面白いものの、因果関係がやや単純すぎるのではないかとも思いました。
良い筆跡というのは文化や価値観によっても異なり、それを「稽古」によって整えることが内面の変化につながるというモデルは、全員に当てはまるとは限らない。
むしろ、筆跡は「そのままの自分を知る」ための鏡として活用するほうが、より柔軟で人に優しい捉え方になるのではないかと感じます。
「良くしよう」とする努力も大切ですが、まずは「今の自分を受け入れる」ことの価値にも目を向けてほしかったという思いがあります。
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