新旧を活かす働き方
古来、日本の先人たちは、芸道や茶道、武道といった世界に身を置き、自己研鑽を積む過程で「守・破・離」という段階を重んじてきました。
守とは、師についてその流儀や型を忠実に守り、励むこと。破は、基本を自己の工夫や努力によって洗練し、さらに高めていくこと。離は、自己の研究を集大成し、独自の道を確立することを意味します。
ベテラン社員のS氏が入社した頃、初めて配属された部署で、業務のあり様に古臭さを覚え、「もっと効率的にできるのに」と否定的に見ていたといいます。そんな折、尊敬する先輩から「若い時分に『守・破・離』の段階を学び、異動する度に一年間はその部署のやり方に徹したものだ」と聞き、感銘を受けました。
それ以来、S氏は部署を異動する際、まずは既存のやり方を踏襲するようになりました。もちろん、古いやり方にとらわれ過ぎることは問題です。しかし、先人が紡いできた手法を否定するばかりでは、物事を狭く捉えてしまいます。
新旧の調和を見極め、最良の一手を探り続けていきたいものです。
今日の心がけ◆視野を広げて判断しましょう
出典:職場の教養4月号
感想
「守・破・離」という言葉は、現代のスピード感あふれるビジネスシーンでは少し古風に聞こえるかもしれません。
でも、ベテラン社員のS氏が至った境地を思うと、これは単なる精神論ではなく、新しい環境で自分を最速で適応させるための「知恵」なのだと強く感じました。
私自身、何か新しいことを始める時、つい自分のやり方を証明したくなって「もっとこうすればいいのに」と鼻息を荒くしてしまいがちです。
しかし、その組織が長年続けてきた「型」には、目には見えないけれど合理的な理由や、過去の失敗から学んだリスク回避の跡が刻まれているんですよね。
S氏が先輩の言葉を聞いて、異動するたびに最初の一年はその部署のやり方に徹したというエピソードには、深い謙虚さと同時に、本質を見抜くためのしたたかさを感じました。
まずは相手の土俵にどっぷり浸かることで、表面的な効率化だけでは見えてこない、人間関係の機微や現場の勘所が理解できるようになる。
そこを飛ばして「改善」を叫んでも、周囲の協力は得られにくいものです。
今の時代、変化は確かに大切ですが、その変化を本物にするためには、一度過去を受け入れる「守」のプロセスが、結果的に自分を一番高く、遠くへ連れて行ってくれるのではないかと思いました。
否定的な感想
このエピソードを今の若い世代や、変化の激しい業界にそのまま当てはめることには、少し危うさも感じてしまいました。
S氏のように「一年間はその部署のやり方に徹する」という姿勢は尊いですが、変化のスピードが極めて速い現代において、丸一年を「守」だけに費やすのは、少しリスクが高すぎるような気がするのです。
下手をすれば、その一年が終わる頃にはその技術や手法自体が陳腐化してしまっているかもしれません。
古いやり方に潜む非効率を、あえて「型」として受け入れることが、創造性や意欲を削いでしまう可能性も否定できません。
また、「先人が紡いできた手法」という言葉が、時として組織の硬直化や、いわゆる「老害」的な体質を正当化する隠れ蓑になってしまわないかという点も気になりました。
新しく入ってきた人が感じる「古臭さ」や「非効率」は、外部の視点だからこそ気づける貴重なアラート(警告)でもあるはずです。
それを「まずは黙って従え」という空気で抑え込んでしまうと、せっかくのイノベーションの芽を摘んでしまうことになりかねません。
伝統を重んじることと、不合理な慣習にしがみつくことは全く別物です。
「守」の精神を尊重しつつも、おかしいと感じたことをその場で提案できるような、もう少し柔軟でスピード感のある「新旧の混ざり合い」があってもいいのではないかと、どこか冷めた視点で考えてしまいました。
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