夏を代表する季語である蛍は、日本で古くから親しまれてきた昆虫です。
清少納言による平安時代中期の随筆『枕草子』には、「夏の夜。月の頃はさらなり。闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし」とあります。
ここでは「夏は夜がよい。月の出ている頃はいうまでもない。闇夜もやはり、蛍がたくさん乱れ飛んでいるのはいいものだ。また、ほんの一匹二匹と、かすかに光って飛んでいくのもいいものだ」と、夏の夜の風情を褒め称えています。
幻想的な光、短命さゆえのはかなさなどが、多くの人の心を捉えたのでしょう。蛍は他にもいくつもの書物に登場し、詩や歌、絵の題材となってきました。
現代の私たちの中にも、蛍が一斉に点滅する壮観な様子を見たり、手のひらにのせて光る様子を観察したりした思い出を持つ人もいるかもしれません。
この夏、清流や自然の中で蛍を鑑賞してはいかがでしょうか。蛍を愛でた昔の人々に思いを馳せたり、童心に帰るひと時を過ごせることでしょう。
今日の心がけ◆自然に親しみましょう
出典:職場の教養6月号
感想
蛍という小さな昆虫が、古くから日本の文化や文学に深く根ざしていることを改めて感じました。特に『枕草子』の一節を引用し、平安時代の人々が蛍の光をどれほど愛でていたかを知ることで、当時の風情や自然への感謝の気持ちが伝わってきます。
現在はすっかり見る機会が少なくなってしまった蛍ですが、小さい頃、祖父の家に泊まりに行ったときに見に連れて行ってもらったことを思い出し、懐かしい気持ちになりました。初めて見たときの幻想的で美しい蛍の光は、今でも忘れられません。
この夏、ぜひ機会があれば清流や自然の中で蛍を鑑賞し、昔の人々が感じた風情や美しさを共有してみたいと思いました。自然との触れ合いは、私たちの心を豊かにし、日常の喧騒から解放してくれる大切な時間です。
否定的な感想
蛍が夏の風物詩として古くから親しまれてきたという点については確かに魅力的ですが、現代においてはその鑑賞が難しくなっている現実があります。都市化や環境汚染、農薬の使用などにより、蛍の生息地が減少し、その数も激減しています。そのため、蛍を見に行くこと自体が特定の地域に限られ、多くの人にとっては実際に蛍を目にする機会が非常に少ないのが現状です。
また、自然に親しむことの重要性を強調している点についても、具体的な行動や取り組みが示されていないため、実際の行動に結びつかない可能性があります。単なる理想論や美辞麗句に終わらせず、具体的な自然保護活動や環境教育の推進が必要でしょう。
以上の点を踏まえると、この話は理想的な自然との触れ合いを描いているものの、現実との乖離が大きく、実行可能性や具体性に欠けていると感じました。
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