どちらが美しいか
ある教育者が、若者から「今働いている会社を辞めるべきかどうか迷っている」という相談を受けました。その教育者は、「どちらが人として美しく立派かを基準に考えてごらんなさい」と答えました。
このエピソードを知ったAさんは、今まで美しさを判断基準にすることなど、まったく考えたことがなかったので驚きました。
〈これは素晴らしい判断基準だ〉と感じたAさんは、それ以来、判断に迷うときは〈どちらが人として美しいだろうか〉と考えるようになりました。
そう考えるようになって、Aさんが気づいたのは、たいていのことはそれほど判断に迷わないということです。しかし、〈自分だけが大変な思いをしたくない、損をしたくない〉という心が生じた場合には迷いがちだと感じました。
それでも、〈人としてどちらが美しいか〉と考えると、以前より迷うことがなくなり、行動に移せるようになりました。以降、Aさんは物事に取り組む際には、「どちらが美しいか」を判断基準の一つにしています。
今日の心がけ◆自己の判断基準を持ちましょう
出典:職場の教養1月号
感想
Aさんが「美しさ」を判断基準に取り入れるようになったエピソードは、新鮮で深い考え方を教えてくれるものです。
多くの人は損得や効率を基準に物事を判断しがちですが、「どちらが人として美しいか」という基準は、単なる物事の結果ではなく、内面的な成長や誇りにつながる選択を促します。
この視点を持つことで、自分だけではなく他者の視点にも配慮し、より大きな価値を生む判断ができるようになると感じます。
特に、自分が「損をしたくない」という感情が迷いを生む原因だと気づき、それを超えるために「美しさ」を基準とするという心のプロセスは、実践的で共感を呼びます。
これは自己中心的な判断から脱し、広い視野を持つためのヒントともいえるでしょう。
また、この考え方を通じて得られるのは、自分自身の在り方への満足感や誇りであり、それは短期的な利益では得られない深い喜びにつながるものです。
さらに、「美しさ」という基準は一見抽象的に思えますが、個々人の価値観や哲学に根ざしているため、汎用性があります。
それを取り入れることで、Aさんが迷わず行動に移せるようになったという点も非常に現実的で、他の人にとっても役立つ示唆を含んでいます。
否定的な感想
「美しさ」を判断基準とすることには、いくつかの課題や限界があると感じました。
美しさの基準は非常に主観的であり、人によって解釈が異なるため、判断が曖昧になるリスクもあります。
例えば、ある人にとって美しい行動が、別の人にとっては無意味や非効率に感じられる場合もあるでしょう。
こうした価値観の違いに対する対応策や考え方が示されていれば、より説得力のある内容になったのではないでしょうか。
また、判断基準としての「美しさ」は倫理や道徳に近い要素を含むため、極端に理想主義に陥る可能性もあります。
現実社会では、時に妥協や実利的な判断が求められる場面も少なくありません。
このような場面で「美しさ」を優先することがかえって不合理な結果を招く可能性についても触れられていれば、よりバランスの取れた議論となったと思います。
さらに、Aさんの変化が描かれているものの、「美しい選択」を具体的にどのように日常生活に適用したのか、具体的なエピソードや実例が不足している点が惜しいと感じました。
判断基準を持つことの重要性を示すには、抽象的な考え方だけでなく、具体的な場面でどのように役立つかをもう少し深掘りして説明する必要があるでしょう。