心を寄せ合う
東日本大震災から、本日で十四年が経ちました。 宮城県南三陸町で蒲鉾屋を営む及川善裕氏は、 この震災で自宅、工場、店舗のすべてを津波により失いました。
避難所生活で困ったトイレの問題について及川氏は次のように振り返ります。
「約千人が使うトイレが断水していたため、 皆でプールの水をバケツで運びました。 今、思い起こすと、助け合いの素晴らしさを感じずにはいられません」
助け合いとは、他者を思いやる心です。 この思いやりの心は、非常時にこそ力が発揮されることが多いようです。
南三陸町以外の被災地でも、自分に危険が迫っている中で人を助けたり、 わずかの食料を分け合って命をつないだりする姿が紹介されました。 こうした姿に、日本だけでなく海外の人々も東北に心を寄せました。
平常時であっても忙しさが増すと、思いやりの心が乏しくなりがちです。 そうならないためにも、日々の生活の中で小さな親切を大切にしたいものです。
震災の教訓を忘れずに、助け合いの心を培っていきましょう。
今日の心がけ◆思いやりの心を大切にしましょう
出典:職場の教養3月号
感想
東日本大震災から14年が経ちましたが、被災した人々がどのように困難を乗り越えてきたのかを振り返ることは、とても大切なことだと感じました。
及川氏の体験談は、震災という過酷な状況の中で、人と人とが助け合うことの大切さを示しています。
トイレの水を確保するために皆で協力し合ったという話は、ただの苦労話ではなく、極限状態でも人々が共に生きようとする強い意志があったことを伝えています。
これは、日常生活の中で忘れがちな「支え合い」の本質を改めて気づかせてくれるものです。
また、震災時の助け合いの精神が日本国内だけでなく海外の人々にも感動を与えたことにも心を打たれました。
日本人の「譲り合い」「思いやり」の精神は、平常時には当たり前のように思えるかもしれませんが、それが非常時に発揮されることで、より一層の価値を持つのだと思います。
震災の経験を通じて、世界に誇るべき日本人の美徳が改めて示されたことは、非常に意義深いことです。
さらに、平常時であっても思いやりの心を大切にすべきだという点に共感しました。
忙しさに追われると、どうしても自分のことで精一杯になり、人を気遣う余裕がなくなってしまうことがあります。
しかし、日々の小さな親切の積み重ねこそが、いざというときの大きな助け合いへとつながるのだと、この話を通じて強く感じました。
震災の記憶を風化させず、日常生活の中で助け合いの心を意識することが、未来の災害対策にもつながるのではないでしょうか。
否定的な感想
この話の中で、「思いやりの心は非常時にこそ発揮されることが多い」という部分には、やや疑問を感じました。
確かに、震災時に見られた助け合いの光景は感動的であり、日本人の美徳を象徴する出来事だったと思います。
しかし、なぜ「非常時にこそ」なのか、という点が気になりました。
むしろ、非常時だからこそ思いやりを持てない人もいるのではないでしょうか。
極限状態では、人は本能的に自己防衛に走ることもあります。
だからこそ、助け合いができたことは素晴らしいのですが、それを「非常時だからこそ」と一般化するのは少し違和感がありました。
また、「日々の生活の中で小さな親切を大切にすることが、震災の教訓を生かすことにつながる」という考えには共感できますが、具体的にどうすればよいのかについては少し抽象的に感じました。
例えば、「毎日誰かに感謝を伝える」「困っている人に積極的に声をかける」といった具体的な行動指針があれば、より実践的なメッセージになったのではないでしょうか。
ただ「思いやりを大切にしましょう」と言われても、日々の生活の中で意識するのは難しいこともあります。
最後に、震災から14年が経った今でも、被災地では完全な復興には至っていない地域が多くあります。
助け合いの大切さを語ることも重要ですが、未だに苦しんでいる人々がいるという現実にもっと目を向ける必要があるのではないかと感じました。
「助け合いは素晴らしい」という美談で終わらせるのではなく、今も支援が必要な人々への具体的な行動を促すような視点が加われば、より意義のある内容になったのではないかと思います。