日常の恵み
道端や畑によく生えている草で、雑草として扱われがちな「なずな」という植物があります。実が三角形で三味線のバチに似ていることから「三味線草」や「撥草」、さらには「ぺんぺん草」とも呼ばれるアブラナ科の一~二年草です。
なずなは栄養価が高く、春の七草粥のひとつとして親しまれているほか、漢方薬としても利用されています。その生命力の強さは折り紙つきで、強欲な人が通ったあとは「ぺんぺん草も生えない」と揶揄されるほどです。
また、芭蕉が「よくみれば 薺花咲く 垣ねかな」と詠んだように、どこにでもあるため目に入りませんが、実は可憐な花を咲かせる存在でもあります。
私たちの日常にも、なずなのように、あたりまえすぎて価値に気づきにくいものがあるのではないでしょうか。水道や電気といった生活インフラはもちろん、靴や衣服も、なくなれば困ってしまう大切な存在です。人や仕事においても同じことがいえるでしょう。
私たちの生活を支えている存在に改めて感謝の気持ちを深めたいものです。
今日の心がけ◆支える存在を大切にしましょう
出典:職場の教養4月号
感想
「ぺんぺん草も生えない」なんて言葉を耳にすると、どこか生命を根こそぎ奪うような、荒廃したイメージを抱いてしまいがちですよね。
でも、このお話を読んでみて、なずなという植物の底知れない「たくましさ」と、それを愛でる日本人の感性の豊かさに改めて気づかされました。
道端の雑草として一括りにされ、踏まれてもなお実を結ぶその姿は、派手さはないけれど、私たちの生活の土台を静かに支えてくれている人たちの姿に重なるような気がします。
松尾芭蕉が垣根に咲く小さな花を見つけたとき、きっと彼は、世界が驚くような発見をしたわけではなく、自分のすぐ足元にある「変わらない美しさ」を再発見した喜びを感じたんじゃないでしょうか。
私たちはつい、遠くにある特別な幸せや目立つ成功ばかりを追いかけてしまいます。
でも、本当の心の豊かさっていうのは、蛇口をひねれば水が出ることや、毎日袖を通す服が清潔であること、そして自分を当たり前のように受け入れてくれる誰かがいること。
そういった「景色の一部」になってしまっている存在に、どれだけ深く頭を下げられるかにあると感じました。
なずなが薬草として役に立つだけでなく、三味線のバチに似た愛嬌のある形で子供たちに親しまれてきたように、どんな小さな存在にも、見つけようとすればいくらでも魅力や役割が見つかるはずです。
日常の風景をただの背景として流すのではなく、一度立ち止まって、その中にある「静かな生命力」に感謝したくなる、そんな温かい気持ちにさせてくれるお話でした。
否定的な感想
このお話を読んでいて少し引っかかったのは、私たちの生活の豊かさが「当たり前」という前提で語られすぎている点です。
生活インフラや身の回りの品々に対して、常に感謝し続けなければならないという考え方は、時に自分の心の首を絞めてしまうことがあるかもしれません。
現代社会はあまりにも便利で、情報や物に溢れています。そのすべてにいちいち感謝の念を抱こうとすると、かえって心が疲弊してしまい、義務感ばかりが先行してしまう危うさも感じました。
「ぺんぺん草も生えない」ほどの強欲さが批判の対象として語られていますが、何かを強く欲したり、向上心を持って現状を打破しようとしたりするエネルギーも、人間が生きていく上では不可欠な要素です。
あまりにも足元の小さな幸せに満足しすぎてしまうと、それはそれで現状維持の罠に陥り、広い世界へ飛び出す勇気や、新しいものを生み出す活力を削いでしまうことになりはしないかと、少し心配になってしまいました。
また、支えてくれる存在を大切にしようという結びは非常に美しいですが、それは裏を返せば、自分もまた誰かのための「なずな」であることを強要されているような、無言のプレッシャーを感じさせます。
他人のために、あるいは社会の部品として黙って耐え、目立たず尽くすことだけが美徳とされるような見方は、個々の自由や個性をどこか隅に追いやっているようにも思えて、素直に頷けない部分がありました。
感謝という美しい言葉が、時に自己犠牲を正当化するための道具になっていないか、冷静に考える必要がある気がします。
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