しなの木の布
信濃国(現長野県)の名前の由来は諸説ありますが、「しな布が多くとれた国」を意味するとの説があります。「しな布」とは、しなの木から作られた織物です。
しなの木の「しな」は、「結ぶ」「縛る」「括る」という意味のアイヌ語が語源であるとされています。「しな布」は日本最古の織物の一つとされ、縄文時代から利用されていました。通気性、耐水性に優れ、丈夫で風合いが良い点が特徴です。
しかし、木の皮を剥ぐことから始まる布作りは手作業で行なわれ、約一年を要します。樹皮から繊維を取り出し、織り上げるまで非常に手間暇がかかるため、化学繊維の登場や利便性を求める時代の流れから衰退していきました。
日本各地で織られていた「しな布」も、今では山形と新潟の県境の三つの村だけで生産されていますが、後継者不足から、その伝統が途絶えようとしています。効率も大切ですが、手間暇をかけることで得られる良さや味があります。それはもの作りだけでなく、人を育てることにも通じるでしょう。
人材育成でも手間暇を惜しまず、時間と労力、真心を投じたいものです。
今日の心がけ◆必要なことに時間を投じましょう
出典:職場の教養5月号
感想
「しな布」の物語には、失われつつある日本の手仕事文化の美しさと尊さが凝縮されています。
特に印象的なのは、しな布が「一年かけて作られる」という記述で、そこに込められた時間と手間、そして自然との深い関わりに、強く心を打たれました。
現代社会は効率性や即時性を重視しますが、こうした非効率的な営みの中にこそ、真の豊かさや人間らしさが息づいているように思えます。
しな布の風合いは、ただの物理的な質感ではなく、その背後にある人の手と心の歴史を映し出しているのではないでしょうか。
また、今日の心がけとして提案されている「必要なことに時間を投じましょう」という一節は、私たちの日常に深く突き刺さります。
急ぐことよりも、丁寧に向き合うことの価値を教えてくれるこの言葉は、しな布作りという具体例を通して、非常に説得力を持って響いてきます。
もの作りだけでなく、人を育てるという文脈での「手間暇を惜しまない姿勢」は、現代の教育や職場環境にも必要な視点です。
否定的な感想
こうした手仕事の美徳を讃えると同時に、私は一抹の懐疑も感じずにはいられません。
伝統の継承というのは尊いことですが、それを絶対的な価値としてしまうと、変化や進化を阻むことにもなりかねません。
しな布のような手作業による織物が、時代の変化によって自然と淘汰されていく過程には、現代の生活に即したニーズや合理性という側面も確かに存在します。
それをすべて「手間暇をかけることの価値」に帰着させるのは、少々ロマンチックに過ぎる印象も受けました。
また、「必要なことに時間を投じましょう」という言葉も、現代の多忙な生活においては現実離れして感じられる場面もあります。
誰もが時間を自由に使えるわけではなく、「必要なこと」が何かを見極める余裕すら持てないことも多いのです。手間をかける価値を認めつつも、それをどのように現代的な生活や働き方と折り合いをつけていくのか。
その点が曖昧なままでは、単なる懐古主義に陥ってしまう危険もあると感じました。