惜しまれる存在
会社員のTさんは、建築会社に勤めて二十年が経ち、かねてから考えていた起業について、改めて向き合うようになりました。
以前に同じ職場で働き、現在は起業して建築業を営んでいる先輩に相談すると「退職する時に職場の同僚やお客様に惜しまれるような存在になっていないと、独立後もうまくいかないと思うよ」とアドバイスを受けました。
Tさんは自身の仕事に取り組む姿勢を振り返ってみました。真面目に勤務してはいるものの、いざ退職する場面を想像したとき、同僚やお客様に引き留められる存在になっているかといえば、そうではないように感じたのです。
会社の中で頼りにされる存在となり、よりお客様に喜んでもらえる仕事ができるようになろうと、Tさんは心を新たに日々業務に邁進するようになりました。
将来のビジョンを描き、起業を含めた可能性を考えることは大切ですが、目の前のやるべきことをおろそかにしていては、実現は難しいでしょう。自身の職務に喜んで取り組み、周囲から喜ばれる存在を目指したいものです。
今日の心がけ◆ 目の前の仕事に精一杯取り組みましょう
出典:職場の教養5月号
感想
Tさんが先輩の言葉をきっかけに、自分の足元をじっと見つめ直す姿には、どこかハッとさせられるものがありました。
私たちはどうしても、新しい挑戦や未来のきらびやかなビジョンに目を奪われがちです。
「ここではないどこか」へ行けば、もっと自分を活かせるのではないかと考えてしまうことも少なくありません。
しかし、今いる場所で周囲の人たちにどれだけの価値を届けられているかという問いは、驚くほど重く、そして本質的なものだと感じます。
二十年という節目を迎えてなお、自分の至らなさを素直に受け入れ、明日の働き方を変えようとするTさんの柔軟さは、本当に素敵だと思います。
誰かに惜しまれる存在になるというのは、単に仕事ができるという技術的なことだけでなく、日々の小さな気配りや、相手の期待に一歩先んじて応えようとする誠実さの積み重ねの先にしかないはずです。
今の目の前のお客様や同僚を幸せにできない人が、独立して新しい顧客を幸せにできるはずがないという先輩の指摘は、厳しくも温かいエールのように響きます。
今の場所を最高の実践の場として捉え直したTさんの未来は、きっとこれまで以上に深く、豊かなものになっていくのではないかと感じています。
否定的な感想
この先輩の「惜しまれるような存在になっていないと、独立してもうまくいかない」というアドバイスには、少しばかり窮屈さや、ある種の呪縛のようなものも感じてしまいました。
会社組織の中で周囲に最適化し、誰からも必要とされる「都合の良い優秀な人材」になることと、自らリスクを背負って未開の地を切り拓く起業家に求められる資質は、必ずしもイコールではないと思うからです。
会社という枠組みの中では、突出した個性が敬遠されたり、真面目に波風を立てずにこなすことが評価されたりする側面も少なからずあります。
Tさんが「自分は引き留められる存在ではない」と感じたのは、決して彼の仕事が不誠実だったからではなく、単に組織のシステムに過剰に依存していなかっただけという見方もできるのではないでしょうか。
周囲の評価を気にしすぎるあまり、本当にやりたかった起業への一歩が慎重になりすぎたり、現職での「良い人」作りにエネルギーを消費してしまったりするのは、少しもったいない気もします。
足元を固めることはもちろん大切ですが、時には周囲の声を適度に聞き流し、自分の内なる衝動やビジョンだけを信じて突き進む強さも、新しい何かを始める時には同じくらい必要なエネルギーなのではないかと感じました。
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