朝の通勤路
Fさんは、駅から会社へ向かう道で、清掃ボランティアの人たちに出会うことがあります。ごみを拾い、黙々と道を整える姿に触れるたび、街が清潔に保たれているのは、こうした地道な努力のお陰だと感謝の思いが湧いてきます。
ある日、作業をしていたボランティアの人から明るく挨拶をされました。Fさんも返しましたが、〈年上の方から先に声をかけてもらうのは、どこか申し訳ない〉という気持ちが次第に芽生えてきました。
そこで、自分の方から挨拶しようと決めたものの、いざ声を出そうとすると照れが勝ってしまい、結局いつも相手から声をかけられる状態が続いていました。
ある朝、思い切って自分から挨拶をすると、ボランティアの人たちはいつも以上に明るく応えてくれました。その瞬間、Fさんの胸のつかえが取れました。
こうした経験を通じてFさんは、自分から動くことで場の空気を温め、人との距離を縮めることができると実感したといいます。先手で明るく挨拶をすることは、自分を成長させ、周囲との関係をより良くする第一歩だと気づいたのです。
今日の心がけ◆ 先手で明るく挨拶しましょう
出典:職場の教養5月号
感想
毎朝の通勤路という、ともすれば無機質に過ぎてしまいがちな時間の中で、Fさんが自分の心の変化に向き合い、小さな一歩を踏み出す姿にはとても共感しました。
私たちは普段、街がきれいに保たれていることや、誰かが環境を整えてくれていることを当たり前のように受け入れてしまいがちです。
そこにまず「感謝の思い」を抱けるFさんの感性は素敵だなと感じました。
さらに、ただ感謝するだけでなく、相手からの挨拶をきっかけに「自分はこれでいいのだろうか」と一歩踏み込んで内省する姿勢に、人間らしい誠実さを覚えます。
大人になると、頭では分かっていても照れくささが勝ってしまい、行動を起こせないことはよくあるものです。
その心理的なハードルを「思い切って」超えたからこそ、相手の明るい反応が返ってきた瞬間の喜びは、Fさんにとって本当に大きかったのだろうなと、読んでいて自分のことのように嬉しくなりました。
声をかけるというほんの数秒の行動が、自分の胸のつかえを取るだけでなく、相手の心も温め、結果としてお互いの関係性を豊かにしていく。
そんな「自分から動くこと」が持つ小さな、けれど確実な影響力を、日々の生活の中でもっと大切にしていきたいなと改めて気づかされました。
否定的な感想
このお話を少し違う角度から眺めてみると、「先手で挨拶をすること」が少し義務化され、自己目的化してしまっているような窮屈さも感じられました。
Fさんが「年上の方から先に声をかけてもらうのは申し訳ない」と悩むプロセスは、どこか日本の社会特有の「上下関係」や「こうあるべき」という無言のプレッシャーに縛られているようにも見えます。
挨拶は本来、お互いの存在を認め合う自然なコミュニケーションであるはずなのに、どちらが先か、どちらが年上かという形式にこだわりすぎることで、かえって純粋な感謝や挨拶の心地よさが損なわれてしまうのではないかと感じました。
挨拶ができなかった日々を、まるで自分が劣っているかのように捉えてしまうのは、少し自分を追い込みすぎているような気もします。
また、ボランティアの方々はきっと、誰が先に声をかけるかといった勝ち負けのようなことは気にしておらず、ただ街をきれいにしたい、気持ちよく挨拶を交わしたいという純粋な思いで動いているはずです。
周囲との関係を良くするために「先手」という技術やルールにこだわるあまり、相手の自発的な善意や、その場の自然な空気感をコントロールしようとするような、小さな傲慢さにつながらないかという点も、少し気にかかりました。
感想がいまいちピンとこない方は…
「なんかしっくりこないんだよなぁ」「でもなかなか思いつかない…」そんな時は、感想文ジェネレーターをお試しください。
あなたのお好みのテイスト・文字数で職場の教養の感想文を生成できます!