2026年6月5日(金) 垂涎の的

垂涎の的

「垂涎の的」という言葉があります。垂は「たれる」、涎は「よだれ」のことで、垂涎とは、よだれを垂らす様子を指します。

したがって、この言葉は、多くの人がよだれを垂らして見つめる対象のことを意味します。

このことから、垂涎の的とは、多くの人が羨むほどの、何としても手に入れたい貴重な物のたとえとして、しばしば使われます。もっとも、人には〈ぜひ欲しい〉と頭に浮かぶ物が、一つや二つはあるのではないでしょうか。

しかし、〈欲しい〉と思って手に入れたものの、結局はあまり使わず、放置したままにしているという人も、少なくないでしょう。衣服であれ何であれ、どのような物であっても、それらは充分に活かして使ってこそ、その価値が高まります。

仕舞い込んで使わずにいることは「死蔵」とも言われ、物を活かすことにはなりません。「欲しい」と思ったときには、本当に必要な物か、それともただ欲しがっているだけなのかを自らに問いかけ、物を活かす生活につなげたいものです。

今日の心がけ◆ 本当に必要か見極めましょう

出典:職場の教養6月号

感想

「垂涎の的」という言葉の語源から、人間の抑えきれない物欲の心理を紐解いていく流れに、思わず自分のこれまでの買い物を振り返って深く考えさせられました。

よだれを垂らすほど欲しいと感じている瞬間は、脳内がその対象だけでいっぱいになっていて、手に入れさえすれば自分の生活が劇的に素晴らしくなるような錯覚を覚えてしまうものだと思います。

しかし、実際に手元に届いて所有欲が満たされた途端、魔法が解けたように熱が冷めてしまい、クローゼットの奥に眠らせてしまうというのは、本当に多くの人が経験している現代の落とし穴ではないでしょうか。

このお話を読んでいて特に心に響いたのは、物をクローゼットに仕舞い込んで使わずにいる状態を「死蔵」と表現している点です。

ただ置いてあるだけでは、その物は役割を与えられないまま価値を失っているのと同じなのだなと、ハッとさせられるような重みを感じました。

本当に豊かな生活というのは、たくさんの魅力的な物に囲まれることではなく、手元にある限られた物をどれだけ大切に使い古し、そのポテンシャルを引き出してあげられるかにあるのかもしれません。

次に強烈な物欲に襲われたときは、一呼吸置いて「これは一時の興奮なのか、それとも自分の日常に本当に溶け込んでくれる相棒なのか」を自分自身に問いかける心の余裕を持ちたいなと感じました。

否定的な感想

このお話が提示している「本当に必要な物だけを見極めて生きる」という姿勢は、正論ではあるものの、少しストイックすぎて人間の遊び心や買い物の本当の楽しさを狭めてしまうのではないか、という寂しさも覚えました。

私たちが何かを「欲しい!」と強烈に願うとき、そこには単なる実用性だけでなく、それを持つことで得られる高揚感や、新しい自分になれるかもしれないというワクワクした夢も一緒に買っている側面があると思うのです。

最初から完璧に「これは絶対に使いこなせる」と見極められるものばかりではありませんし、時には「勢いで買ってみたけれど上手く活かせなかった」という失敗を経験することで、初めて自分の本当の好みやライフスタイルが分かっていくということもよくあります。

死蔵してしまうことは確かに勿体ないですが、その無駄や失敗のプロセスも含めて、人間が物と付き合う上での大切な経験値になっているのではないでしょうか。

あまりに「必要か否か」だけで自分の欲求を厳しくジャッジしすぎると、生活から無駄なものが排除される代わりに、どこか味気ない、余裕のない暮らしになってしまうような気がします。

節度を持つことは大前提として大切ですが、たまには「ただ欲しいから」という理由だけで手に入れる贅沢や、その時の心のときめきも、人生を彩るためには少しくらい許されてもいいのではないかと感じました。

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