見えぬ支えへのまなざし
私たちの身の回りには、傍からは見えないものがたくさんあります。
例えば、家の庭や公園、通勤経路に植えられている花や樹木の根も、そのひとつです。熊本県生まれの詩人・坂村真民は、次の「ねがい」という詩を残しました。
「見えない根たちの ねがいがこもって あのような 美しい花となるのだ」
美しい花は多くの人の心をとらえますが、地中深くに伸びる根に関心を向ける人は多くありません。しかし、当たり前のことながら、目に触れることの少ない根の存在がなければ、美しい花が咲くことはあり得ないのです。
見えない存在の大切さは、植物に限らず人の世界にも通じます。人と直接向き合い、成果が目に見えやすい営業や接客などの仕事がある一方で、製造や事務のように、表に出ることは少なくとも、現場を支える役割もあります。
どちらが欠けても世の中は成り立ちません。両者があってこそ日々の暮らしが支えられていることに変わりはないのです。
時には、意識しなければ見えない部分に目を向けてみてはいかがでしょう。
今日の心がけ◆ 支え合いの仕組みに意識を向けましょう
出典:職場の教養5月号
感想
普段、私たちが何気なく目にしている美しい景色や、スムーズに回っている社会の仕組みの裏には、必ずと言っていいほど「見えない誰かの力」が存在しているんですよね。
このお話を読んで、坂村真民さんの詩にある「根たちのねがい」という言葉が、じんわりと心に染み込んできました。
私たちはどうしても、パッと目を引く華やかな成果や、分かりやすく評価される立場の人にばかり注目してしまいがちです。
でも、本当に大切なもの、全体をしっかりと根底から支えているものほど、実は地味で、目立たない場所に隠れていることが多いのではないかと感じます。
仕事においても、最前線でスポットライトを浴びる役割の人が輝けるのは、その背後で気の遠くなるような細かい事務処理をこなしたり、システムが滞りなく動くようにメンテナンスを続けたりしている人たちがいるからこそです。
そうした「目に見えない支え」に想像力を働かせ、感謝の気持ちを持つことは、一見すると自己満足のように思えるかもしれません。
しかし、そこに気づけるかどうかが、自分の人間としての深みや、周囲との関係性の温かさを大きく変えていくのではないか、そんな風に思いました。
否定的な感想
この「見えない支えに目を向けよう」という美談を少し引いた視点から見つめ直してみると、どこか危うい側面も潜んでいるように思えてなりません。
というのも、こうした「縁の下の力持ち」を賞賛する風潮が、行き過ぎると「目立たない場所で黙々と耐え忍ぶことこそが美徳である」というような、一種の自己犠牲を強いる論理にすり替わってしまうリスクを感じるからです。
表舞台に出られない人たちに対して、「あなたたちは見えない根として支えているんだから素晴らしい」という言葉だけで納得させてしまい、本来なされるべき正当な評価や、待遇の改善を有耶無耶にしてしまう免罪符になりかねないという懸念があります。
また、みんながみんな「見えない根」の役割ばかりを意識しすぎてしまうと、組織や社会全体のダイナミズムが失われ、誰もリスクを取って華やかな花を咲かせようとしなくなるのではないか、という気もします。
大切なのは、見えない存在をただ美化して心の持ちようだけで感謝することではなく、そうした陰の努力がしっかりと可視化され、誰もが納得できる形で報われる仕組みを具体的に作っていくことではないでしょうか。
精神的な感謝の美学だけで終わらせてしまうことには、少し慎重でありたいなと感じました。
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